シロッカー手術の術後5日目。
今日はクリスマスイブ。
出血がなくなったら退院できるというので、昨日くらいから出血もないし、
今日帰れればいいなぁ、、と診察の時アピールしてみたけど、結局帰れなかった。
一昨日くらいから、退院の望みを1日、また1日と先送りしている。明日こそはと。
クリスマスイブの夜を病院の大部屋で、カーテンを閉め切った中で1人で過ごす。
いくらクリスマスメニューを出されても嬉しくないわ、とひねくれた気持ちになるけど、現実はこれしか仕方がないんだからと気を取り直して、チキンとイチゴだけは完食。ついでにパンとスープも。
この入院中、朝と夜に、夫がビデオ電話をくれるのが嬉しく、今夜もビデオ電話をするために夜に9階のロビーにあがった。8階のラウンジでもいいけど、他の人がいると遠慮してしまうので。
9階はいつも誰もいないから、マスクを外して話してしまっている。
遠くまで来たな、と思う。田町の夜景を見ながら、また、ずいぶん遠くまで来てしまったと思った。
自撮りをした自分の顔があまりにやつれたのに少し驚いて。加齢のせいなのか、こういう妊娠、病気のせいか。全部かもしれないけど。。
20代で夫と出会い、30代で結婚をした。これは私の人生の中で最良の出来事のひとつだった。家族ができた。その後、娘が産まれて、守るべきものができて、人生最大の幸せを感じた。
娘が産まれた時、身体がボロボロになって、次の妊娠があったら身体がもたないかもしれないな、と不謹慎なことを考えたのに、40歳になって、次の子を妊娠する決断をした。そして、切迫流産で入院。
こんな夜は、私たち家族を支えている糸がぎしぎしたわんでいる音が聞こえるような気がする。
夫はこの2週間、ひとりで娘の世話をして、私のお見舞いをして、仕事をこなした。夫が孤軍奮闘した。
私は入院しながらテレワークで仕事をしたが、手術を受けた今週いっぱいはさすがに休み、上司や同僚にまた迷惑をかけたりしている。
娘は、ある日突然ママがいなくなったが、聞き分けよく、体調も崩さず保育園やバレエなど変わらない日常を過ごしてくれている。
私たちはひとりではない。週2回娘のお迎えをしてくれるサポーターの人、気にかけてくれる職場の上司や同僚、友人、娘の面倒を見てくれている保育園。たくさんの人たちに支えてもらっている。
それでも、今回のように私の病気など意図しない何かがあると、家族全員が最大限のキャパで頑張って、持てる社会資源をすべて使って乗り切る感じになる。もちろん、お金も使って。残念ながらその社会資源に、私の実家は入ってこないけど。。
そんな余裕のない状況だから、次の子を無事に迎えて4人家族になれるのだろうか、高望みだったのじゃなかろうかと、少し恐れ多い気持ちになってしまう。
でも、もう後戻りできない。これが私が選んだ人生なのだ。
こんなに遠くまで来てしまって、少し心細い。でも前に進むしかない。
今夜サンタクロースが来るなら、枕元に、この人生を乗り切れる力と幸運をください、と願ってしまうイブの夜。