子どもの愛がなくなる前に

もう7月というのに肌寒い夜。昨日東京は大雨が降った。

子どもの寝かしつけと同時に寝落ちして、しあわせに眠り、午前2時に起きた。

雨はやんだ。静かな夜。リビングを片付けて、コーヒーを淹れる。

姉が、ブログに「母からのメール」をたくさんアップしていて、この深夜もブログを更新している。読むたびに、母のことや姉のことを考えて眠れなくなってしまう。実家を出てもう長いのに。

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母は子供たちを傷つける親だった。

体が成長して反撃できるようになり、身体的な暴力は中学生でとまったが、言葉の暴力は、私が親と絶縁するまで続いた。「学費を払わない」「学校をやめろ」「家を出ていけ」「子どもなんかいらない、産まなければよかった」「おまえの犠牲でみじめな人生」「お前は醜い人格だ。ずるがしこくて狡猾だ」「人を信じるな、社会を信じるな」「おまえと友人とは全員絶縁しろ。絶縁したか確認するから連絡先をしらせろ」「おまえの部屋のごみ箱にあったメモの番号に電話したら、男の人が怖い口調で何か言った。暴力団とかかわっているのか(レストランの番号)」など毎日のように深夜まで説教。

ロースクールのときに寮に入り、そのまま司法試験を受けずに就職する道を選んだ。

働いて東京で一人暮らしをはじめても、「お前はみじめなサラリーマン。一生貧乏でかわいそう」「姉は成功する、おまえは失敗作だ」「お前は不幸になるが、幸せそうな姉をひがむな」「親の言うことだけ聞け」「実家に帰省してリビングを見た時の目は、実家の豊かさに嫉妬している目だった。実家の金をとろうとするな」「父が病気になったのはお前のせいだ(父が肝炎になった時など)」「自殺してやる」などと、毎日のように母から電話や手紙がくる。

電話は着信拒否するようになったから、手紙も開封せず捨てればよいのに、開けてしまう。

手紙を無視できなくて、葛藤して、最後に読んでしまって号泣。クローゼットにつるしてある、首つり用タオルにふらふら歩いて行って、その輪に頭を通す勇気はなくて、なぜか両手でぶら下がって号泣。父に電話をして、このような手紙をやめさせろ、と泣きわめく。父はだまって聞いて、「母が自分の知らないところで勝手に送っているのだから、やめさせられない。無視すればいいじゃない」

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実際に無視できるようになったのは、私が働きながら司法試験に合格して、母のの評価が「失敗作」から「合格レベル」にかわったからだった。

その時はどこまでも母の評価という呪縛から、逃れられなかった。

私と同じように育った姉は、精神疾患を患い、働けなくなった。母は、姉に仕送りをする一方で、姉に今も同じような暴言を吐き続けていて、姉はそれをブログにアップする。

姉の心を思うと、胸が痛む。

こんな言葉、無視すればよいと思うかもしれないが、そう簡単にいかないのだよね。どれだけ否定されても、親の言葉は子供にとって影響力が大きくて。無視したいのに、心が反応する。

毎日メールでいまだに親から暴言を受け取るという姉は、どれだけ傷ついているのだろう。手紙ひとつでクローゼットの首つり用ロープを握りしめて泣き叫んだ自分を思い出す。ずっとこんな母子関係で、姉のこころはどれだけ満身創痍なんだろう。

と同時に、母に言いたい。子供の愛情はいつか終わるよ。

子どもは、最初は無条件で親を愛し、必要としてくれる。親が多少変な考え方をしていても受け入れるし、多少傷つけられても、自分で修復して、また親を愛そうとしてくれる(自分が親になった今、そのありがたさが身に染みる)。母は、そういう子どもの愛情にあぐらをかいて、好き放題感情をぶつけて、ストレス発散していた。

そうしているうちに、私の場合は、いつしか母への愛情が消えてしまった。何年たっても回復しなくて、風前の灯火になって、今、ひっそり心の中で守っている。これが消えてしまうと自分もつらいだろうと思って。

母はもっと、姉の愛情を大切にしないといけないのに。今でも彼女のもとにいてくれる、残されたたったひとりの子供なのだから。

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